『地元との接触』

宮城県牡鹿
網地島波入田沖

黒船の船上で初の交易

千葉県房総半島
天津小湊浜沖

日本側の黒船検分
伝馬船で8人が上陸・水、食料等の補給

宮城県石巻市
田代島三つ石崎沖

浜役人他数名が乗船し船内検分

宮城県
牡鹿町谷河浜

上陸・水の補給

和歌山県
紀伊半島沖

上陸

第一次・第二次とも隊長スパンベアが乗った船はキリスト教に関係が深い天使長ミハイルの名がついた船であり、他の船にも天使の名がついた船であった事や、当時のヨーロッパには日本でのキリスト教弾圧の風評が根強く伝わっていた事もあり、彼らが上陸するのを躊躇ったであろうことは容易く想像できる。(*)

この様に日本側を強く警戒している異国人と、未曾有の事件に遭遇した島民はどの様な経緯で、船に乗り込むに至ったのだろうか。残念ながらこのことに関して現地網地島での記録は無く、また又牡鹿半島に在った唐船監視の伝令が仙台藩に伝えた内容でも『島民も船を出したが恐ろしくて近づけず引き返した』と報告している。この時藩主は江戸に出向き不在だったが、即座に動き出した藩は早々に体制を整え、1000名に近い兵を石巻港から送り出した。

これほどの大騒ぎになる事であるから、御上の禁を破って異国船に乗り込んだ事実もあえて現地では記録に残さなかったのではないだろうか。また仙台藩への報告も地元民へ考慮した為だったか、それとも他に何隻か有った出来事の中の事だったのかも知れない。

伝承としてはロシア人との間で酒(ウイスキー)と水を交換したとの事が伝えられていたが、詳しい内容は異国船側にあった。その内容は『二隻の漁船が船に近づいて来て漁師が乗り込んできた。彼らは新鮮な魚、野菜、タバコの葉、塩漬けの漬物他等を広げた。しかし、その様子はあからさまな商売と言う雰囲気ではなく、水夫達に何かと交換をして欲しいとの態度だった』とあり、またその様子をスパンベアは『彼らの交易態度は合理的で見識も高く、交換した貨幣の金も良質だった』と評価している。

この様に船では両国の貨幣の交換や物品(織物、金巾、ガラス細工品他)との交換が行われた。当時はオランダと中国としか交易が許されていなかったので結果的には日露初の交易との形になっている。
しかしこの事だけの為に厳しい御上の掟を破った訳ではないのだろう。その行動には地元民の未知の世界への興味もあったであろうが、海で生きる者達への国籍人種を超えた同胞意識や労いがあった為ではないのだろうか。探検隊はこの前年に食料が不足して途中で引き返している事を考えると、この時もそれ以上の長旅になっているので、確実に食料は不足していただろう。現に単独に別コースを取った船は房総半島天津小湊浜で食料・飲料水を補給している。その上更に船旅の途中で嵐に合い疲労困憊していたであろう事を考えると、漁民が持参した生鮮食料や水が彼らにとって余程有り難かったのではないかと思われる。そう考えると黒船に運ばれた品々は単なる交易品としてではなく、陣中見舞いの品でもあり、親善挨拶の品とも想像するのである。そう考えると持参した品々は正につぼを心得たシナ揃えという事になる。
それ故これも想像の域を超えないのだが、漁船が黒船に近づき異国人は『来るな!来るな!』と合図を送ったのだろうが、言葉が通じない漁師達にとってはそれが助けを求めているか、それとも友好的な手招きに見えたのかもしれない。ともあれ広大なロシア大陸を横断して、更に長い航路の末辿り着いた彼らにとって、この品々が単なる生きる糧以上に、新暦6月末という新緑の鮮やかな景色と共にきっと心と体を癒したに違いない。

それから数日後、船団は田代島三つ石崎沖に現れる。この時は田代島からは浜役人、地元組頭他計4名が黒船に乗り込んでいる。本来は船の検分が目的であったが、数日前の網地島の件が双方の警戒心を薄れさせたのかスパンベアが準備した食事に招かれ、料理や酒を堪能した。

しかしこの時、仙台藩約1、000の軍勢が多くの船に分乗してやって来おり、その為黒船は早々にその場を立ち去り、田代島と牡鹿半島を挟んで反対側にある牡鹿町谷河浜で飲料水を補給してから日本を離れる事となる。

ではこの黒船は如何なる目的で日本にやってきて、歴史的にどの様な役割があったのだろうか?  Next!

(*)後の時代の調査でもスパンベアの名は故郷デンマークの教会資料に名前が見当たらず、地元のスパンベア研究会が調査を続けているらしい
(補)仙台湾に現れた黒船がロシアの船であるとの事が判明する迄には、網地島で交換された貨幣や品々が藩を通じて江戸の幕府を経由し、長崎奉行に運ばれ、更に最終的にオランダ商館まで運ばれる事になる。大槻玄沢はスパンベアをロシア人と見ていたが、デンマーク国籍と判明するまでには大隈重信の「開国大勢史」までの長い年月を要したとの事。
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