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ベーリング像

時は元文四年(1739年)6月20日、ペリー総督率いる黒船来航の更に114年前の出来事。ベーリング海峡を発見したベーリングの指示の元に、ヨーロッパから日本への北方航路開拓のためマルティン・スパンベア率いるロシア第2次北太平洋大探検隊の艦隊3艘が網地島沖に辿り着き、一行は1週間前後島周辺の測量を行った。またその間島民との間で食料、水、パン、酒などと交換すると共に双方親しく日本初の日露交流(*)も行なわれた。

その後ベーリング没後250年の1991年7月6日、彼等の偉業を称えると共にベーリング、スパンベア双方の故郷であるデンマークとの親善交流をも願い、白浜海水浴場の傍らにこの記念碑が立てられた。像の除幕式にはデンマーク大使館参事、県知事他の多くの方々が出席し、盛大なイベントとして行なわれました。

また石巻と網地島を結ぶ網地島ラインの船名も、進水式の日が丁度『天文の黒船』が来航した6月20日だった事から、ベーリングとスパンベア双方の母国であるデンマークのシンボルである人魚にちなんで『マーメイド』と命名された経緯があります。

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(*)この船がロシアから来た船で有る事を知るには、手渡された銀貨を確認の為伊達藩から江戸幕府、長崎奉行、オランダ商館まで送り届ける時間を要し、更にスパンベアがデンマーク人だとわかるまではその後176年の歳月を要しました。更に詳しい内容はこちら
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